梶文彦の「ニッポンものづくり紀行」 その3|ラーメン店主にみるものづくりの通奏低音

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。発想を変えたい時やちょっとした仕事の合間にご覧ください。

ラーメン店主にみるものづくりの通奏低音

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 日本人のものをつくるという行為へのこだわりは「業」だと書くと、それにしては最近の若者は、ものづくりにまるで関心を持たないではないか、と反論をいただきます。

たしかに、かつてのような、旋盤一台を持って軒下を借りて独立する、といった光景は姿を消しました。時代が変われば技術が変わり、それに合わせてものづくりも変化します。現在の経済環境ではそれは成り立ちません。

 しかし、業である以上、どんなに時代が変わっても、やはり日本人のものづくりに対する関心は、不滅だと言っておきたいと思います。

たとえば、皆さんは、最近のラーメンブームをどのようにご覧になっているでしょうか。 毎日のように新しいお店が誕生し、評判になれば開店前から長蛇の列ができます。

マスコミでは、そうしたお店がいち早く名店として紹介されます。雑誌でもおいしいラーメン店を紹介する特集が花盛りです。しかも毎号新しいお店が何軒か登場しています。それだけ新陳代謝が行われているということです。

こうしたラーメンブームを支えているのは、もちろんラーメンを好んで食べる消費者ですが、それをけん引しているのは、独自のスープやラーメンをひっさげて、次々とラーメン業界に名乗りを上げてくる若者たちです。

ブームは海外にも飛び火し、いまやニューヨーク、パリ、ロンドン、ベルリン……と、世界を席巻しています。

 客としておいしいラーメンを味わうだけではもの足りずに、さらに上をめざして自ら作り出そうとする、やむにやまれぬ思いこそ、私たちの中に流れるものづくりの通奏低音、DNAの発露なのではないか、そう思わざるをえません。

 私には、独自のスープを生み出そうと工夫を重ねている若きラーメン職人の姿が、かつて競うように旋盤にしがみついて切磋琢磨し、技を磨いた職人たちの姿に重なるのです。 

レシピを考え、食材を探し、試作しては捨て、試作しては捨て、試行錯誤を繰り返して新しいスープを作り出そうと日夜励む、バンダナを頭に巻いた若き店主予備軍たち・・・。

 私には、彼らの魂の奥底で、ロックのリズムで鳴り響くものづくりの通奏低音が聴こえるような気がするのです。

ラーメンは、小麦でつくった麺をゆでてスープをかける、スナックと言っていいようなシンプルな食べ物です。

素材も、調理も単純だからこそ、麺やスープの違いは品質に大きな影響を及ぼし、そこに工夫と差別化の余地が生まれます。

これほど単純な食べ物であるにかかわらず、スープの出汁、素材、さらには麺の微妙な固さにこだわり、次々と新しい味、食べ方を求め、これに応えて作品を生み出していく私たちは、いったいどのような人間なのでしょうか。

元をたどればたどり着くであろう中国では、ラーメンは特別視されていません。というよりも、日本のラーメンは、中国の麺とは別に進化を遂げた日本独自の亜種と考えた方がいいかもしれません。

中国では昔も今も麺は単純な食べ物で、スープと麺だけの食べ物に、こだわりを持って工夫する店主もあまりいないようです。

地方に行くと、麺が澄んだだし汁に入った状態で供され、テーブルにある醤油など調味料を使って自分でかってに味付けして食べてね……などというお店もまだあります。

日本流の出汁やトッピングに工夫を凝らして、自立した一食としての価値を持たせたラーメンが、高い評価を獲得しているのも納得します。麺のおいしさを「食の大国」を自認する中国人に再評価させた功績は、日本人のものづくりの魂のなせる業と思います。

ラーメンの手軽さは、アメリカで言えば、ハンバーガーやホットドッグのような位置にあると思いますが、アメリカで若者が独自のハンバーガーやホットドッグを工夫して名乗りを上げる、ということはあまり聞きません。

最近はパンケーキのお店が日本に出店して話題になっていますが、それもどちらかと言えばトッピングの豪華さ、目新しさが売りで、パンケーキそのものの味の違いを競って、若者が起業するというものではないように思います。

ラーメンを求める客に思いを寄せて、味の違いにこだわる作り手の、究極のスープ、麺、その仕上げとしてのラーメンを追求してやまない姿勢に、日本人が持っている「ものをつくりたい」というDNAが見えるのです。
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梶文彦氏執筆による、コラム「ニッポンものづくり紀行」です。梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています!
地球の歩き方「Look Back Japan –ものづくり強国日本の原点を見に行く」連載中